高校を卒業し、社会に出て働き始めた俺の元へ、
毎月まとまった給料が振り込まれるようになった。
自由になるお金と、自由に走れる中古の軽自動車。
行動範囲が一気に広がった俺の元へ、あの男が再び現れる。
高校時代、俺にスロットの味を教え、
年一イベントで大金を貸してくれた、あの生粋のギャンブル友人だ。
車を手に入れた俺たちは、遠くの街まで遠征できるようになった。
「明日はあっちの店が熱い」と聞けば、夜中から車を走らせて並びに行く日々が始まった。
所持金2,000円で9時間並ぶ男
だが、元々の金遣いの荒さと計画性のなさから、
給料日前になると俺の財布はいつもすっからかんだった。
一番酷かったのは、夜中の12時から店の最前列に並んだ時のことだ。
朝のオープンまで、寒空の下で9時間もパイプ椅子に座って待ち続けた。
だが、その時の俺の全財産は、わずか2,000円。
オープンと同時にパチンコ台に座り、千円札を2枚投入。
ものの数分で玉は飲まれ、俺の勝負は朝9時05分に幕を閉じた。
その後どうしたかといえば、夕方まで打ち続ける友人を待つため、
ただひたすら駐車場に停めた軽自動車の中で一人、寝て過ごしたのだ。
9時間並んで、5分で散り、車で半日寝る。
正気の沙汰ではなかった。
そんな無様な姿を見かねてか、友人はまたしても俺に金を貸してくれるようになった。
「勝ったら返せばいいからさ」
甘い言葉に寄りかかり、気づけば友人への借金は一時期50万円近くまで膨れ上がっていた。
たまにパチンコで大勝ちする日もあった。
だが、クズの極みだった俺は、勝った金を全額返済に充てることなど決してしなかった。
「とりあえず10万だけ返すわ!」と一部だけ返し、
残りの大金は「次回の軍資金」としてキープする始末。
それでも見捨てることなく、嫌な顔一つせず付き合ってくれた友人には、
今でも頭が上がらないし、感謝しかない。
雑居ビルの隠し扉と、違法ネットカジノ
そんなパチンコ中毒の生活が続いていたある日、
俺はひょんなことから、一度パチンコから完全に足を洗うことになる。
……更生したわけではない。
パチンコよりも遥かに刺激が強く、狂気じみた「別のギャンブル」に脳を焼かれたからだ。
それが、違法ネットカジノ(闇カジノ)だった。
地元の悪い先輩たちに連れられ、
俺は地元から遠く離れた、夜の歓楽街にある薄汚れた雑居ビルに足を踏み入れた。
ただの壁にしか見えない、取っ手のない不気味な隠し扉。
暗証番号が押され、重たい鉄扉がギィと開くと、
そこには外の喧騒とは隔絶された、薄暗い異様な空間が広がっていた。
部屋の中には、ズラリと並べられた無数のパソコン。
高級そうな革張りのソファに、山積みにされたカップ麺、スナック菓子、ジュース。
そして、煙草の煙がモクモクと立ち込めていた。すべてが無料、吸い放題・飲み放題だった。
パソコンの画面には、東南アジアの薄暗いスタジオから生中継される、
妖艶なドレスを着た外国人女性の姿がリアルタイムで映し出されている。
トランプを使ったゲーム、「バカラ」だ。
システムは単純明快だった。
カウンターの店員に「入金お願いします」と万札を手渡すと、
パソコンの画面の隅にあるクレジットの数字が、渡した金額分だけポンと増える。
あとは、「プレイヤー」か「バンカー」か。
ほぼ2分の1の確率に、その現金を賭けるだけだ。
当たれば、賭けた金が一瞬で2倍になって戻ってくる。
パチンコ屋で朝から晩までタバコの煙に巻かれ、
何時間もハンドルを握りしめてようやく手に入る数万円が、
ここではマウスをワンクリックするだけ、わずか数十秒で手に入ってしまうのだ。
(今振り返れば、最初に客を依存症に引きずり込むため、店側が遠隔で勝たせていたのかもしれない)
完全に脳のストッパーが吹き飛んだ俺たちは、
通い始めの頃は連戦連勝だった。
勝った金を持ち帰り、その足で仲間たちと風俗へ繰り出し、ブランド品を買い漁る。
完全に現実の金銭感覚を失っていた。
開かない鉄扉。戦慄の「5時間監禁事件」
だが、そんな都合のいい錬金術が長く続くはずがなかった。
次第に負けが込み始め、手持ちの金が尽きかけたある夜、事件は起きた。
「もう今日は金もないし、帰ろうぜ」
俺と先輩は席を立ち、帰るためにキャッシャー(精算所)へ向かった。
その店は完全な違法営業のため、客の出入りは厳重に管理されており、
入る時も出る時も、店員が内側から鍵を開けなければ外に出られない仕組みになっていた。
だが、カウンターに店員の姿がない。
代わりにそこに立っていたのは、俺たちとは別グループで来ていた、
見るからに本職のような、全身から異様な殺気を放つ強面の客だった。
「おいコラァ!! 開けろやテメェ!! 舐めてんのかコラァッ!!」
怒号がフロアに響き渡り、男は店員の控室と思われる頑丈なドアを、
狂ったようにドンドンと蹴り飛ばしていた。
異様な空気の中、先輩が恐る恐る他の客に事情を聞いて、背筋が凍りついた。
その強面の男は、俺たちがやっていたバカラとは別の、
もっとハイリスク・ハイリターンなゲームで、一晩でとんでもない超大金を当てたらしいのだ。
男が「換金しろ」と要求したところ、
店員が青ざめた顔で「……そんな大金、今ここにはありません」と口を滑らせてしまった。
激怒した男が暴れ出し、身の危険を感じた店員が、
現金を抱えたまま頑丈な控室に鍵をかけて立てこもってしまったのだという。
つまり──。
店員が部屋から出てこない限り、
外へと通じる唯一の扉の鍵が、誰にも開けられない。
俺たちは、怒り狂うヤバい男と一緒に、
窓一つない地下の密室に「監禁」されてしまったのだ。
警察を呼ぶことなど、絶対にできない。呼べば客である俺たちも全員逮捕だ。
逃げ場のない薄暗い部屋で、男の怒号とドアを叩く轟音だけが何時間も響き続ける。
いつ男の怒りの矛先がこちらに向くか分からない、心臓が縮み上がるような極限の恐怖。
時計の針が進むのが、恐ろしく遅く感じられた。
閉じ込められてから、実に5時間が経過した頃。
外側の扉がガチャリと開き、店の「上の組織の人間」と思われるスーツの男たちが複数人、
険しい表情で店内に踏み込んできた。
その男たちが強面の客と話し合いを始めた、まさにその一瞬の隙だった。
俺と先輩はアイコンタクトを交わし、
事の結末など見届ける気にもならず、開いた扉から脱兎のごとく夜の街へと逃げ出した。
命からがら地元へ戻った俺たちは、激しい恐怖と脱力感に襲われていた。
大負けしていたこと、地元から遠い場所だったこと、
そして何より「殺されるかもしれない」という死の恐怖を味わったことで、
俺たちは二度と、その違法カジノの扉をくぐることはなかった。
だが、一度「一瞬で数十万が動く世界」を知ってしまった脳みそは、
もはやパチンコのチマチマした出玉では到底満足できなくなっていた。
こうして俺は、一度ギャンブルから離れることになる。
だがそれは反省したからではなく、
この後、さらに深い闇である「夜の街(ホストの世界)」へと足を踏み入れるための、
嵐の前の静けさに過ぎなかったのだ──。

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