逃げるは楽だが己を無くす【第2話】

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バイク、単車。
男の子なら、誰もが一度は憧れる乗り物だ。
高校デビューに一応の「成功」を収めた俺が、
そのイキったポジションを死守するために選んだ道。

それが「喧嘩」「タバコ」そして「バイク」だった。
今回は、俺の見栄とハッタリを象徴する、
バイクにまつわる話をしようと思う。

初めてバイクのシートに座ったのは幼稚園の頃だ。
隣に住んでいた幼馴染の親父が大型バイク乗りで、
タンクと股の間にちょこんと乗せてもらったのが最初だった。
時が経ち、中学に上がる頃。
歳の離れた姉を迎えに来た彼氏が、
地響きのような爆音とともに家の前に乗りつけてきた。
外へ出ると、そこに停まっていたのは、
高く曲がったハンドルと極太のマフラーを轟かせる
ド迫力のアメリカンバイク。
その姉の彼氏こそが、
後の俺の「かっこいい」の価値観をすべて作り上げた人だった。
聴く音楽、着る服、煙草の吸い方から立ち振る舞いまで、
俺は彼からすべてを学んだ。
(10年の交際の末に姉とは別れてしまったが、今でも仲が良く、実の兄貴以上に兄貴だと思っている)
そのアメリカンに強烈な憧れを抱いたまま、俺は16歳の高校生になった。
不良が集まる底辺高校。
中学から原付を乗り回す「エリートヤンキー」も何人かいた。
だが、そんな本物のワルどもはそもそも大人の言うことなど聞くはずもなく、
5月を迎える頃には1クラス分ほどの人数が自主退学か強制退学になって消えていった。
そこで俺は気づく。
「エリートが消えた今、残ったのは俺を含めた高校デビュー組とプチヤンキーだけだ」と。
俺は生まれ月が早く、同学年の中でも真っ先に免許が取れる年齢だった。
「周りと差をつけて、もっと見栄を張りたい」
大半が原付免許でイキる中、俺は必死にバイトをして金を貯め、
中免の免許を取ることにした。

京都での合宿免許。
1週間ほど親元を離れ、少しだけ大人の階段を登った気分だった。
(そこで初めての風俗を経験するのだが、その話はまた別の機会に)
晴れて中免ホルダーとなった俺だったが、
肝心の「どのバイクを買うか」が決まらないまま、ゴールデンウィークを迎えてしまった。

10台の夜ツーリング、地獄の幕開け

高校のメンバーで「夜ツーリングに行こう」という話になった。
集まったのは10台ほど。
大半が原チャリで、単車は俺を含めてたったの2台。
自分のバイクがない俺を見かねて、
友人の兄貴が使っていないアメリカンバイクを貸してくれることになった。
後ろには、そのバイクの持ち主の弟(同級生)を乗せ、
俺たちは意気揚々と夜の海へ向かってアクセルを開けた。

行きは何のトラブルもなかった。
事件が起きたのは、その帰り道だ。

運転にもすっかり慣れ、夜風を浴びて完全に調子に乗っていた。
街灯もまばらな、見通しの良い直線がどこまでも続く田舎道。
深夜で対向車など一台も来ない。

もう一台の単車に乗った奴が、後ろに連れを乗せたまま、
何を血迷ったか対向車線へ飛び出して爆走し始めたのだ。
その後ろを走っていた俺は、「前が空いた」とアクセルをさらに捻った。

前のバイクをぶち抜いてやろうと加速する。
スピードメーターの針は、あっという間に時速100キロを指していた。

抜きにかかった、まさにその瞬間だった。
逆走車線を走っていた前のバイクが、
突然こちらの車線へハンドルを切って戻ってきたのだ。
前のバイクの後ろに乗っていた友人が、ギョッとして振り返る。
暗闇の中、ライトで照らされた友人とバチッと目が合った。

避けられない。

ブレーキを踏んでも間に合わない。
激突すれば4人全員がタダじゃ済まない。
咄嗟に俺の頭をよぎったのは、
「4人全員で事故るより、2人で飛んだほうがマシだ」
という極限の判断だった。
「……ごめん!」
心の中で後ろの友人に叫びながら、
俺はフルスピードのまま、向けて思いっきりハンドルを切った。

バイクと俺らは見事に宙を舞った。
アスファルトの上を猛烈な勢いで滑っていく時間が、
まるで映画のスローモーションのように長く、静かに感じられた。

視界の先では、火花を激しく散らしながら削れていくアメリカンバイク。
ゴリゴリゴリと、自分の半ヘルがアスファルトに削り取られていく鈍い音。
目線を横に向けると、時速数十キロで流れていく地面が、
真横、すぐそこにあった。

何回転も転がり、ようやく体が止まった。
全身を激痛が襲う前に、俺はすぐに跳ね起き、
一緒に吹き飛ばされた後ろの友人に駆け寄った。

「ごめん! 大丈夫か!?」
必死で声をかける俺に、友人は真っ青な顔で後ずさりしながら、
震える指で俺を指差した。
「つん……お前こそ大丈夫なの、それ……!?」
言われて自分の右腕に目を落とした瞬間、息が止まった。

アスファルトで削り取られ、手の甲から手首にかけて
白い骨が完全に剥き出しになっていた。
すべての爪が割れ、ボタボタと血が滴っている。
慌てて手で拭おうとしたが、拭えない。
血だと思っていたものは、皮膚の下から飛び出した自分の「生の肉」だった。

だが、友人を巻き込んでしまった猛烈な罪悪感と、
吹き出すアドレナリンのせいで、痛みは一切感じなかった。

「大丈夫、なんともないから!」
普通なら即座に救急車を呼ぶレベルの大事故だ。
だが、警察沙汰になり親にバレることを何よりも恐れた俺は、
大怪我を隠したまま近くのコンビニへ駆け込んだ。

ハサミ、消毒液、包帯を買い漁る。
親に頼み込んで買ってもらったばかりの
真新しいダウンジャケットの袖をハサミで切り裂き、
トイレの水道水で傷口を洗い流して、包帯をぐるぐる巻きにして誤魔化した。

そのまま友人宅へ転がり込んで朝を迎えたが、
昼過ぎ、腕の激痛と喉の渇きで目が覚めた。
起きると、そこは一面血の海だった。

観念した俺は、震える手で親に電話をかけた。
車で迎えに来てもらい、そのまま病院へ直行。
ゴールデンウィークの真っ只中、救急外来のベッドの上で、
当直の医者と親にしこたま怒鳴り散らされたのは言うまでもない。
診断は、右膝の皿にヒビ、そして右腕の重度裂傷。
今でも俺の右手首には、
引きつれたケロイド状の醜い傷跡がはっきりと残っている。
幸いにも、後ろに乗せていた友人が打撲だけで済んだことだけが、唯一の救いだった。

退院後、ボロボロになったアメリカンバイクの持ち主である
友人の兄貴の元へ、「絶対に弁償します」と土下座する勢いで謝罪に行った。
すると兄貴は、怒るどころか俺の包帯だらけの腕を見て、
静かにこう言ったのだ。
「いいよ、あの単車元々廃車にするつもりだったから。
それより、お前の体は大丈夫なのか?」
それが嘘だったのか、俺を気遣った優しさだったのかは分からない。
ただ、その器の大きさと、
見栄を張って他人のバイクを廃車にした自分の浅ましさが情けなくて、
その場でボロボロと涙を流した。
……これほど痛い目を見て、他人に迷惑をかけたのだから、
普通ならここでバイクを降りるはずだ。
だが、俺の愚かな見栄とハッタリは、
こんな地獄を見てもなお止まらなかった。

ここからさらに、形を変えたクソみたいなバイクライフが続いていくことになる。

ただ、この大事故を経て、俺の中でたった一つだけ固く誓った絶対のルールがある。
「二度と、バイクの後ろに人は乗せない。特に、女の子は絶対に」
浅はかな見栄のために、他人の命まで背負う覚悟なんて、
当時の俺には1ミリもなかったからだ。

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