闇カジノの恐怖から命からがら逃げ出し、
パチンコからも距離を置いた俺は、その後、夜の世界へ飛び込んだ。
県中心の繁華街のホストクラブ。
ホストを始めた一番の理由は、
「消費者金融で限度額MAXまで借りた借金を返すため」だった。
(※ギャンブルでも多少使ったが、大半は見栄と女遊びと浪費によるものだ。その地獄絵図はまた別の機会に詳しく語ろうと思う)
昼夜逆転し、酒と金と女が渦巻く狂乱の世界。
毎日が極限のプレッシャーと見栄の張り合いだったホスト時代は、
皮肉にもギャンブルに手を出す暇など1ミリもなかった。
だが、身体と心をすり減らし、ホストの世界から逃げるように足を洗って地元へ戻った時、
俺の元には何のスキルも、定職も残っていなかった。
食い繋ぐために、繋ぎとして入った工場派遣の仕事。
夜勤もあり、残業も限界まで詰め込まれた過酷な労働環境だったが、
それなりに手取りの給料は良かった。
普通なら、ここで真面目に生活を立て直すはずだ。
だが、馬車馬のように働いて手にしたまとまった金をポケットに入れ、
ぽっかりと空いた休日に再会したのは──
あの、高校時代からの「ギャンブルの友人」だった。
「最近『競艇(ボートレース)』が面白いんだよ」
友人のその一言で、封印されていた俺のギャンブラーの血が、再び激しく沸騰した。
競馬や競輪と違い、競艇はわずか「6艇」で争われる。
組み合わせが少ない分、当たる確率は高く見える。
さらに、1マークの攻防わずか数秒で勝負が決まる圧倒的なスピード感。
レートも、賭け金も、すべて自分次第。
何の知識もデータもなく、ただ「己の直感」だけを信じて舟券を買い続けた俺が、
破滅しないわけがなかった。
平日は工場の機械のように働き、
休日は朝から競艇場へ直行して、汗水垂らして稼いだ給料を水の上にばら撒く。
そんな地獄のようなサイクルを1年も繰り返した頃、
手元には何一つ残っていなかった。
貯金ゼロ、思い出ゼロ。
ただ、二度と戻らない20代半ばの最も貴重な青春の時間を、
丸ごとドブに捨てていただけだった。
そして、俺の人生で最も荒れ狂っていた、暗黒の休日がやってくる。
その日の俺のスケジュールは、今思い出しても背筋が凍るほど狂っていた。
午前:
朝イチからJRAの競馬場へ乗り込み、第1レースから馬券を買う。
レースの合間:
馬が走るのを待つ間、スマホの画面を開いて全国の競艇場へネット投票でBET。
午後:
競馬ですり減らした財布を握りしめ、その足ですぐさまパチンコ屋へ直行。
パチンコ中:
右腕でパチンコのハンドルを捻りながら、左手のスマホでネット競艇をポチポチと連打。
夜:
競艇のナイターが終わると、休む間もなく最後の砦である「競輪(ミッドナイト)」へログイン。
競馬、競艇、パチンコ、競輪。
朝起きてから深夜ベッドに入るまで、目に入る全ての光景に金を賭け続ける、
救いようのないギャンブル中毒の成れの果て。
完全に目は血走り、魂は抜け落ち、
自分が何のために生きているのかすら分からなくなっていた。
後悔しても、しきれない。
失った大金も痛いが、何よりも悔やまれるのは、
「二度と戻らない、若くてエネルギーに満ち溢れていた時間」だ。
あの時間と金を、もっと自分の将来や、有意義な経験に使っていれば、
今の俺の人生は全く違うものになっていたかもしれない。
だが、そんな俺のギャンブル狂乱の旅路は、ある日あっけなく幕を閉じた。
大金を注ぎ込み、借金を重ね、時間をドブに捨て続けた果てに、
俺の頭の中にスッと降りてきた、たった一つの残酷な真実。
「……あぁ、俺には根本的に、博才がねぇんだな」
あまりにも当たり前すぎるその事実に、
何百万もの金と何年もの歳月をかけて、ようやく骨の髄まで気づいたのだ。
その瞬間、俺の脳内を支配していた熱狂は、サーッと音を立てて冷え切っていった。
今となっては、笑い話にするしかない。
本当にアホで、間抜けで、救いようのない男だったと心から思う。
あれ以来、たまに付き合いでパチンコ屋に入ることはあっても、
千円札を1枚入れた時点で、「あぁ、無駄だな」と虚しくなってすぐに席を立つようになった。
それでいい。
いや、それがいいのだ。
ギャンブルという文化そのものを全否定するつもりはない。
だが、俺にはその才能が1ミリもなかった。
それだけが、俺が長い時間と莫大な授業料を払って得た、人生で唯一の教訓だ。
ハンドルを握りしめ、軽バンで荷物を運んでいる今の俺は、
汗水垂らして稼ぐ1円の重みを、誰よりも知っている。
皆さんも、ギャンブルはどうか程々に。
合掌


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