事故の生々しい傷がようやく治りかけていた、高校の夏。
右手首にはケロイドが残り、膝には痛みが残っているというのに、
俺は懲りもせず「自分のバイク選び」を始めていた。
俺の憧れは、あの姉の彼氏が乗っていたような
アメリカンバイクだった。
だが、最終的に俺が選んだのは、
地元の先輩のツテを頼って無理やり手に入れた「ホークII(バブ)」。
いわゆる、旧車と呼ばれる単車だ。
きつい角度で天を仰ぐアップハンドル。
目がチカチカするようなド派手なラメカラー。
背もたれのようにそびえ立つ3段シートに、ぶった切った直管マフラー。
どこからどう見ても、完全なヤンキー仕様だった。
自分と同じアメリカンを選ぶと信じていた姉の彼氏が、
納車された俺のバイクを見て寂しそうな顔をしていたのを、
俺は見栄のために見て見ぬ振りをした。
自分の「好き」を完全に殺し、
「周りをビビらせたい」「舐められたくない」という威嚇のためだけに選んだ鉄の塊。
「単車買ったんだよね」と仲間に告げると、予想通りチヤホヤされた。
高校デビュー組はもちろん、プチヤンキーたちからも一目置かれ、
俺の天狗の鼻は限界まで伸び切っていた。
だが、調子に乗っていた俺に、ある日仲間の一人が冷ややかに言った。
「……で、そんな派手なバイク乗るなら、どこの族に入んの?」
俺は一瞬で凍りついた。
そう、この手のバイクには、ヤンキー界特有の絶対的な「掟(しがらみ)」が存在する。
派手な改造バイクで公道を走るということは、
その地域の暴走族に所属し、看板を背負う権利を得るのが暗黙の了解だった。
「そんなの関係ねぇ」と単独で乗り回せるのは、
腕っ節の強い本物のエリートヤンキーだけだ。
当時の地元は暴走族が衰退しており、現役で走る奴は少なかった。
何より俺は、ただの「高校デビュー」。
目立ちたいしチヤホヤされたいが、本物の族に入る根性も覚悟も1ミリもなかった。
そこで目をつけたのが、[旧車會(きゅうしゃかい)]だった。
暴走族を引退した大人たちや、改造旧車を爆音で走らせる社会人チーム。
ここに入れば、族に絡まれることもなく、大手を振って街を流せる「免罪符」になる。
地元の10歳以上離れた大先輩に相談したが、
「お前はまだガキなんだから、大人しく族でもやってろ」と鼻で笑われて門前払い。
諦めきれない俺は、日曜日になると旧車會が集まる国道沿いのコンビニへ単身で乗り込んだ。
今思えば、極度のビビりだった自分がよくそんな行動に出たと思う。
コンビニを埋め尽くす、いかつい改造バイクと強面の大人たち。
その威圧感に完全に日和りながらも、
俺は一番人の良さそうな男性を見つけ、必死に声をかけた。
「バイク、めちゃくちゃカッコいいですね!
僕も旧車が大好きで、暴走族みたいな無茶な走りじゃなく、純粋に旧車會で走りたいんです!」
大嘘だった。
心の中の声は、
『暴走族に入る勇気はないけど、派手なバイクに乗ってイキりたいから、
僕に大人のケツモチ(免罪符)をください』
それだけだった。
優しそうな見た目とは裏腹に、男はドスの利いた低い声でこう返した。
「……いいよ。ちょうど人数集めてるチームがあるから、声かけてやるよ」
作戦通りだ、と俺は内心ガッツポーズをした。
「俺って、大人をコントロールするの上手いかもな」
そんな浅ましい万能感を抱いていた。
だが、ここから始まるのが
「憧れのバイクライフ」などではなく、
「ただただ胃が痛むだけの苦痛な日々」だとは、まだ知る由もなかった。
紹介されたのは、20歳そこそこの人当たりのいい男だった。
現役を引退してチームを立ち上げたばかりで台数が欲しかったらしく、
高校生の俺を快く迎え入れてくれた。
先輩たちから可愛がられている雰囲気で、腕には筋彫りの刺青が覗くガタイのいい男。
「面倒は全部見てやるから、何かあったらすぐ連絡しろよ」
そう言われ、俺はついに「無敵の盾」を手に入れた気になっていた。
そして迎えた、初めてのツーリング。
集合場所のコンビニで挨拶を済ませ、国道で本隊との合流を待つ。
やがて、地鳴りのような爆音が遠くから響いてきた。
視界を埋め尽くす、無数のヘッドライトと改造バイク。
その日は界隈で有名だった人物の追悼ツーリングで、
集まったバイクの数はなんと400台にのぼっていた。
最初は圧倒され、興奮した。
だが、本隊に合流して目的地へ向かう幹線道路で、
俺の胸中は急速に冷え切っていった。
400台の巨大な鉄の波が、一般車を完全に飲み込んでいく。
白煙を上げながら危険な蛇行運転を繰り返す奴。
轟音とともにフロントを跳ね上げてウイリーする奴。
吸い殻のタバコをポイポイと道路に投げ捨てる奴。
信号を守り、一応ヘルメットを被っているだけで、
やっていることは暴走族と何一つ変わらない。
ふと横を見ると、波に囲まれて怯え、
車の後部座席で両手で耳をギュッと塞いでいる小さな子供と目が合った。
心臓が、キュッと痛んだ。
さらに追い討ちをかけたのが、「あの事故のトラウマ」だった。
時速100キロで肉を削り落とした恐怖が、脳裏に焼き付いて離れない。
スピードを出そうとすると、右手が勝手に震えてアクセルを戻してしまうのだ。
無茶な運転で煽り合ってくる大人たちにビビり、
安全運転をしようとスピードを落とすうちに、俺はあっという間に最後尾へ。
そして、そのまま広大な集団からはぐれてしまった。
路肩にバイクを止め、震える手で代表に連絡。
ようやく折り返しが来て、合流場所に辿り着いた頃には、
全員がすでに昼飯を食い終えて解散の準備をしていた。
情けなさと虚しさと、肩身の狭さ。
「……俺、何やってるんだろう」
これが、俺の憧れたバイクの世界だったのだろうか。
(後編へ続く)

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