逃げるは楽だが己を無くす【第3話】後半

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初めてのツーリングで味わった、

圧倒的な場違い感と虚しさ。

だが、派手なホークIIに乗り続けるためには、

このチームの看板という「免罪符」を手放すわけにはいかなかった。

俺は心の中で愛想笑いを浮かべ、

いかにも楽しんでいるフリを続けた。

月3,000円の会費。

高校生の薄給バイトにとって、

それは決して小さくない負担だった。

代表は面倒見が良く、

バイクの調子が悪ければ家まで来て修理してくれるような人だった。

そんなある朝のことだ。

自宅の駐輪場に停めてあった俺のホークIIが、

忽然と姿を消した。

盗難だった。

(※今振り返れば犯人の目星は完全についているのだが、

それに気づくのはずっと後の話だ)

先輩からの個人ローンで買ったバイクの支払いだけが、

虚しく手元に残された。

途方に暮れる俺に、チームの代表がこう持ちかけてきた。

「知り合いが安くバイク売りたいって言ってるよ。

月払いでいいから、買えば?」

断れる空気ではなかった。

その場の強烈な圧に屈し、

俺は借金の上に新たな借金を重ねて、

別の旧車を買わされる羽目になった。

ただ、悪いことばかりでもなかった。

高校の友達と集まる時だけは、確かに気持ちよかったのだ。

学校を中退して本物の暴走族になった奴らもよく集まったが、

旧車會の看板を背負った俺には、誰一人として文句を言ってこなかったからだ。

けれど、毎週のように強制されるツーリングに、

俺の心も金も限界を迎えていた。

金銭面。

友人との遊び。

当時の彼女と過ごす時間。

大切なものが、すべてバイクに吸い取られていく。

俺は次第に、理由をつけて断るようになっていった。

ある日、代表から連絡が入った。

「次のツーリングはうちが主催だから、全員強制参加な。絶対に来いよ」

だが、よりによってその前日、

俺のバイクが故障して動かなくなったのだ。

正直、心の底からホッとした。

「ラッキーだ。これで正当な理由で断れる」

すぐに代表へ電話を入れ、故障した旨を伝えた。

だが、返ってきた言葉は予想の真逆だった。

「〇〇さんがその部品持ってるから、今すぐ隣町まで取りに行って、朝までに直せ」

時刻は、夜の11時。

言い訳を遅めの時間に入れたのが、完全に裏目に出た。

俺は慌てて地元の友人に原付を借り、

真夜中の冷たい風の中、隣町へ向けて必死にアクセルを開けた。

隣町といっても、往復で1時間はかかる。

原付の手配や準備で、自宅に戻った時には深夜2時前になっていた。

集合時間は、朝の7時。

ここから一人で修理作業だ。

だが、見栄だけで旧車に乗っていた俺には、

バイクをバラして直す知識などほとんどない。

手持ちの限られた工具でガチャガチャと格闘したが、

東の空が白み始めた頃、俺の心は完全に折れた。

代表に電話をかける。

寝起きで不機嫌な声が出た。

事情を話した瞬間、

怒号が鼓膜を破らんばかりに響き渡った。

今まで見せたことのない、信じられないほどのブチギレだった。

電話を切った後、朝日に照らされながら思った。

「……もう、限界だ。辞めよう」

数日後、代表が家までバイクを見に来てくれた。

診断の結果、故障箇所は思っていた以上に深刻で、

どのみち貰ってきた部品では直らないことが判明した。

「これを機に、チームを辞めさせてください」

喉元まで出かかったその言葉を、

俺はまたしても飲み込んでしまう。

「お前のバイク、いいパーツ使ってるからさ。

これと交換してくれる人がいるよ」

代表のその一言に逆らえず、

俺はまたしてもヘラヘラと首を縦に振ってしまったのだ。

あの時、胸ぐらを掴まれてでもキッパリと縁を切っていれば、

どれだけ楽だっただろう。

今思うと、そこで辞めておくのが絶対に正解だった。

ズルズルと抜け出せない関係を引きずり続け、

ようやく俺がバイクを手放したのは20歳の時。

「成人式の袴代にしたいので、バイクを売ります」

という嘘の口実を使い、

俺の高校時代の狂ったバイク生活はようやく幕を閉じた。

……だが、この「見栄の呪い」は、

大人になっても俺の首を絞め続けた。

あれから8年後。

2年ほど疎遠になっていた友人から、久しぶりに連絡が入った。

「離婚したのを機に、大型バイク買ったんだよね。

一緒に乗ろうぜ!」

当時、ちょうど失恋したばかりで心にぽっかり穴が空いていた俺は、

何を血迷ったか二つ返事で大型免許を取りに行き、

ピカピカの大型バイクを契約してしまったのだ。

頭金なし、全額フルローン。

その総額、300万円。

「ノリがいい奴」

「金を持ってるカッコいい男」

周りからそう思われたい。

ただそれだけのために背負った、300万の借金。

オチは、あまりにもお粗末だった。

一緒に買った仲間たちはあっという間にバイクに飽き、

2年後には俺を含めて全員がバイクを売却した。

手元には、バイクの影も形もない。

残ったのは、30代後半の今になっても毎月銀行口座から引き落とされ続ける、

「存在しないバイクへのローン返済」だけだ。

今年ようやく完済する予定だが、

ノリと見栄だけで生きてきた当時の自分を、今でも心の底から恨んでいる

俺はもう、この先二度とバイクに乗ることはないと思っている。

心の底から、バイクそのものを愛していたわけじゃなかったのだ。

バイクに跨って、周りを威嚇し、

「イケてる男」のフリをしてイキがっている自分に酔っていただけ。

バイクそのものには、何の興味もなかったのだと今になって思う。

もちろん、すべてが嫌な思い出だったわけじゃない。

気の合う仲間と夜風を浴びながら目的地を目指す気持ちよさや、

少しずつパーツを変えてカッコよくなっていく愛車を眺める時間は、

確かに楽しかったし、誇らしかった。

けれど、それは時間にも心にも、

そして金にも余裕がある大人が楽しむものだ。

今の俺には到底無理だし、欲しいとも思わない。

いつか、それほどの余裕ができた時にまた考えるとしよう。

ハンドルを握りしめてイキがっていたあの頃の俺に、

今の限界配達員の俺なら、はっきりと言える。

「お前が乗っているのはバイクじゃない。

ただの重たくて、空っぽなプライドだぞ」と。

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